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2014年8月

2014年8月31日 (日)

山道具屋さんにて。

ピッケルとアイゼンを持って、いつもの山道具屋さんに行った。

「この会社、高齢化と後継者不足で数年前に廃業したんです」

驚いたというよりも、悲しくなった。

「この道具、ずっと大切にしたほうがいいですよ」

この言葉が慰めだった。

苦い体験は人を育てる

喜びは束の間に過ぎるが
     苦い体験はいつまでも人を育てる

実家のカレンダーに書いてあった。

2014年8月30日 (土)

古豪復活

壊れた山靴に代わり、古豪復活。

若かりし頃、財布をはたいて買った軽登山靴。

今では、この種の靴は絶滅危惧種だ。

Oldshoes

これからよろしく。

2014年8月29日 (金)

情けは人のためならず

「情けは人のためならず」

あのおばあちゃんが話すと、

妙に説得力があるんだよな。

素敵なOG社員のお話でした。

キターッ!詐欺メール、みなさんお気をつけください。

「日本IT被害救済連合」を名のる会社らしきものから、詐欺メールが届いた。

皆様は絶対に騙されないようにお気を付けください。

以下が、全文である。

先にお伝えさせて頂きますが、我々は貴方様の抱えている問題を解決し、お救いする為にご連絡している事をご理解下さい。

また、このお話は貴方様にとって非常に重要なお話となりますので、必ず最後までお読み下さい。
ご理解頂き、問題の解決を希望されるのであれば【【解決希望】】とご連絡下さい。

今、貴方様の個人情報が流出し、第三者に悪用されてしまっています。
その結果、『明日24時まで』に貴方様は【財産差し押さえ】を受けてしまうという大変危険な状況になってしまっているのです。

これは我々が独自に調査したことにより発覚した事実であり、現在、把握出来ている範囲で貴方様に《411万円》の未払金(登録料及び退会料、それらにかかった遅延損害金等の合計金額)を元にした【財産差し押さえ】を【藤田債権回収株式会社】という債権回収業者が行おうとしています。

この《411万円》の差し押さえ通知は法的な許可を得た正式なもので御座いますので、もし、このまま何も対処しなければ、必ず【財産差し押さえ】を受ける事になってしまいます。

つまり、貴方様は《411万円》という巨額の借金、負債を抱えてしまっているという事です。

しかし、ご安心下さい。
《411万円》の債務における財産差し押さえ問題、更にはその元凶となっている個人情報の流出してしまっている問題におきましても、我々にお任せして頂ければ「全て解決可能」です。

貴方様が全ての問題の解決を希望されるのであれば、【【解決希望】】とご連絡を下さい。
貴方様からのご連絡を確認後、我々の方から問題解決策をご提示させて頂きます。

と書かれてあった。

〈解説〉

民法第467条に基づき、「指名債権(手形以外の具体的人を対象とした借金を取り立てる権利)の譲渡」は、

  1. 指名債権の譲渡は、譲渡人が債務者に通知をし、又は債務者が承諾をしなければ、債務者その他の第三者に対抗することができない
  2. 前項の通知又は承諾は、確定日付のある証書によってしなければ、債務者以外の第三者に対抗することができない。

と定められている。要は、債務者(借金を支払わなければならない人)が債権者(借金を取り立てる権利のある人)から直接(=「間接」は不可)連絡がきて、こちらがOKをだし、さらに「証書」を交わさなければ、その債権を譲渡することはできないのだ。(この場合は「公正証書」を取り交わさなければ、逆に債権者側が不利になります。)

こんなの法律の「基本中の基本」だ。

ありもしない債権を勝手に作って勝手に譲渡し、請求・督促もないのに差し押さえするなどと不安をあおり、こちらが何も頼んでもいないのに「解決してあげる」なんていうメールは笑止千万である。

いったい、こいつは私を誰だと思ってるのだ。

顔を洗って出直してこい!!

2014年8月28日 (木)

自分の無力さが情けない。

連日放送される広島県のニュース。

見るだけで胸が詰まる。

今の私に何ができるだろうか。

祈ることしかできない自分が情けない。

2014年8月27日 (水)

今日からダイエット

健康診断を受けたら、昨年より3キロ増えていた。

保健師さんに

「どうしたのですか~?」

と言われた。

思えば毎晩飲んでばかりの生活だった。

よし、今日からダイエットだ!!

2014年8月26日 (火)

広島が心配だ。

広島が心配だ。

あの日からテレビや新聞を読むことができない。

微力ながらも、積極的支援をしたい。

2014年8月25日 (月)

笹原留似子『おもかげ復元師の震災絵日記』(2012)を読む

 Sasahara

 笹原さんについては、NHKスペシャルで知った。彼女は、日本でも数少ない復元納棺師である。

Sasahara1

 遺族の承諾がないと、ボランティアで復元しても刑法第190条「死体損壊等罪」に問われる可能性がある。

 法律とは無情なものである。

Sasahara2

 図書館で読んだ。

 しばらく顔が上げられなかった。

2014年8月24日 (日)

「俺の好きな山を、あなたに見せたいんです。」~土曜ドラマ『氷壁』(2006)~

「会って話がしたい。

  山へ行きませんか。

    俺の好きな山を、あなたに見せたいんです。」

  ~NHK土曜ドラマ『氷壁』~

奥寺恭平(玉木宏)から社長夫人八代美那子(鶴田真由)へ。

Hyouheki_p

「嘘をつくのも、隠すのも、私は平気。

  でも、あなたが嘘をつくのが嫌ならば、それでもいい。」

と美那子は見つめる。
Mitutouge

憧れるな、このセリフ。

2014年8月22日 (金)

山はいいね。

山はいいね。

最低限のディジタル生活。

目的地と足元のことだけに集中する。

余計な事は一切考えない。

Moon

早起きして満天の星空を眺めた。

流れ星を見つけた。

きっと願いがかなうでしょう。

山では、もう秋の風が吹いていた。

2014年8月21日 (木)

人はなぜ山に登るのか。

人はなぜ山に登るのか。

Beer

「そこにビールがあるからだ。」

今までありがとう。

山で靴が壊れた。

君には今までたくさんの場所に連れてってもらった。

Thank_you

ありがとう。

山は楽しむもの。

山小屋で71歳の先達さんに教えていただいた。

退職後から山を始めたそうだ。

時間をかけて登り、

山小屋でゆったりと過ごす。

Sunset

笑顔がとても素敵だった。

2014年8月18日 (月)

ことばこそ、唯一の小道~金田一京助~

8月17日読売新聞日曜版より

 ことばこそ堅くとざした、心の城府へ通う唯一の小路であった。

                      ~金田一京助~

1 記事要約

 アイヌ語研究で知られる言語学者の金田一京助は、1907年25歳のとき、初めて樺太アイヌを訪ねた。現地で言葉の採取を試みるが、誰もが背を向け、黙り込んでしまう。むなしく時間が過ぎ、打ちひしがれた4日目、子供たちが遊んでいる姿を写生していると、彼らの方から寄ってきた。目を描くと「シシ」、鼻を描くと「エトゥ・プイ」と声が飛ぶ。大喜びした京助は、大人たちの所へ行って、覚えたての単語で話しかける。すると今まで顔をしかめていた大人たちの白い歯をみて、

「ことばこそ堅くとざした、心の城府へ通う唯一の小道であった。渠(キョ:人工の水路、堀、みぞ)成って水至る。ここに至って、私は荷物をもためらわず、すべてを捨てて、まっしぐらにこの小道を進んだのは、ほとんど狂信的だった」

とそのときの感激を綴っている。

 アイヌ語は、文字を持たない。それを後世に残そうと、京助は貧しさに耐え一生をささげた。「アイヌは偉大な民族だ」と主張し続けた京助も、戦後アイヌ民族の同化政策の先棒を担いだと批判されたが、その明治人の京助も、当時の偏見から自由ではなかったのだ。

2 感想

 金田一京助の名前は、かつての三省堂の国語辞典で知った年配者も多いと思う。

 研究者として、何を生涯の研究対象とするかの選択は、とても重要な問題である。京助を偉大な研究者と仕上げたきっかけは、ほんのわずかな誠実な彼の言葉のやりとりであったのだ。

 たった一言で勇気づけ、たった一言で絶望へ追い込む言葉の力。ふと我を振り返り、言葉を大切に使っているだろうか、人を勇気づける言霊として使っているだろうかと、自らを反省した。

2014年8月17日 (日)

「恋ふ」の命令形は?~読売新聞『編集手帳』より~

8月16日読売新聞「編集手帳」より

 「恋ふ」の命令形は、文法的には「恋ヒヨ」である。

 映画監督瀬川昌治の著書『素晴らしき哉 映画人生!』(清流出版)によると、瀬川が学習院高等科に学んでいた頃、教師から「君たちに教えることはもう何もない。ただ、兵隊にいくときは肉親以外に一人秘めた人を持って行ってくれ。それが自分が教えることの最後である」との言葉を贈られたという。

 一方、国語学者大野晋の回想で、「恋ふ」の命令形は「恋ヒヨ」だと説明したところ、女子学生から「その命令形は成り立つのでしょうか?」と質問を受け、さすがの大野先生も返答に困ったという。

 まさに、この女子学生が指摘するとおり「恋することは誰からの指図は受けないはず」である。

 私もこの記事と同様に、いつまでも「恋ふ」の命令形が存在しない世の中であってもらいたいと願っている。

2014年8月16日 (土)

「ありのままの自分を」~秋山仁~

いつだって、 

ありのままの自分を

さらけ出せば

いいじゃないか!

   ~秋山 仁(数学者)~

 これは秋山が高校生の時に先生から言われた言葉だという。

 誰もが、ペルソナを抱えて生きている。

こういう生き方ができれば、自由でいいね。

<お詫び>

真に勝手ながら、しばらく当方「書き捨て御免」にて失礼つかまつり候。

2014年8月15日 (金)

「花は優しい」~美輪明宏~

花は優しい。

見る人を慰めて何も見返りを求めない。

       ~美輪明宏~

仏様にお供えした。

2014年8月12日 (火)

人として「当たり前の想像力」の醸成を~『読売新聞』より~

1 はじめに

 8月12日付読売新聞朝刊(35頁)において、2004年に佐世保市で起きた小6女児殺害事件における少年審判の裁判長を務めた小松平内(へいない)氏のインタビュー記事が掲載されていた。この記事の要約と、若干のコメントを記す。

2 記事要約

 小松は、精神鑑定の果たすべき役割として「なぜ少女が人を殺してみたいと考えるようになったのかは、『心の闇』ではなく、何かがあるはず」と述べる。また、少女が「共感性」や「人を思いやる気持ち」が不十分であったと指摘し、今後の鑑定で明らかにされる内容として、「こういうことをしたらこうなるという、人間として当たり前の想像力が十分にない子供に育ったのか、あるいは想像力はあっても衝動が上回ったのか。今後の鑑定などで明らかにされるだろう」と期待する。

 また、今回の加害少女が小学校6年の時、児童2人に漂白剤などを混入した事件に触れ、このことを「万引きなどの非行と異なる」と述べ、さらに「『娘が何か人格上の障害を抱えているかもしれない。先々、他人に迷惑をかけてしまうかもしれない』と心配し、娘のしたことに向き合ったのだろうか」と親の責任も指摘し、「この時が一つの分かれ道だったのでは」と述べる。その上で「親(自分)の子という意識でなく、社会の子という視点を持つことが、親の責任として必要だ」と述べる。

 さらに、「10年前の事件以降、行政も教育現場も命の大切さを伝えようと努力してきた。これが功を奏さなかったわけではないが、今回の非行を止められなかった」ことを嘆き、司法が「可能な限り事情を解明し、検証する必要があると思う」とまとめている。

3 考察

 7月9日Eテレ「美輪乃湯」では、「優しさとは想像力」と述べていた。想像力を養うために美輪は「詩や俳句、和歌などの文化を身につけさせることが大切」と述べている。ここで述べる「想像力」とは、「思いやり以上、空想力未満の想像力」を指す。今回の加害少女は、たいへん優秀な生徒であったという。おそらく高いレベルの詩や和歌、俳句等の知識を身についていたと想像できる。しかし、その優秀な生徒がなぜ、人間としての「当たり前の想像力」を働かすことができなかったのだろうか。それは知識はあれども、教養として身についていなかったと言えよう。特に今回の事件を、小松の述べる単に少女の「心の闇」という言葉でごまかさないことが大切である。

 また小松は、加害少女が小学6年の時に友人に漂白剤を混入した事件について一つの分岐点であったと指摘する。他の記事によれば、その時の事件について、加害少女の保護者が、加害少女へのいじめ問題を優先させ、不問にさせたと聞く。「我が子可愛さ」は、どの保護者でも同じであろう。しかし、過剰な被害者意識と権利意識は、むしろ我が子を誤った方向性へ向かわせるという教訓を、全ての保護者は深く理解せねばならない。小松ののべる、「我が子であれども『社会の子』」という意識は、現在の個人主義が発達しすぎた社会で、再確認し、我々が深く反省しなければならない問題点であると言えよう。

 憶測で発言することは厳に慎まねばならないが、この加害者少女が統合失調症や自閉症スペクトラム等の障がいを抱えていたと仮定するならば、早期に発見し、保護者もその治療や支援を積極的に受け入れれば、今回の事件に限らず、小学6年の事件も防げたと言えよう。これについても保護者の過剰な偏った期待が、間違った方向に発展し、今回の事件が発生したのではないだろうか。この問題についても、今後の精神鑑定の結果に期待せざるを得ない。

 本来このような加害少女の解明は、未然に家庭、医療機関、行政、教育現場で解明し、対応しなければならない問題であった。それにもかかわらず「司法の場」で解明しなければならなかったことに、容易に関係者のむなしさ、哀しさが想像できる。二度と同じような事件を起こさせないために、我々が何をなすべきか深く考えさせられる事件であった。

 「人として当たり前の想像力の醸成」と口で説明するのは簡単だが、実際はとても複雑で難しい問題である。

 

2014年8月10日 (日)

コーヒーの味

 後輩との会話のこと。

「コーヒーのお薦めは何ですか」
と聞かれた。

「外で飲む時は”マンデリン”かな」
と答える。

「コーヒーって、お店でどう選ぶのですか」
とさらに聞かれる。

 どうやら近々彼女とデートらしい。

「私だってよくわからない。どれもおいしいと思う。でも大切な事は、何を選ぶかではなく、”誰と、どこのお店で、何を飲んで、どのよう過ごしたか”じゃないの」

「飲んでいる時には全くわからなくても、時間が過ぎて初めてその味がわかるもんだよ」
と答える。

 ちょっと、先輩風吹かせすぎちゃったかな(笑)。

2014年8月 7日 (木)

「大人になるとは」~美輪乃湯~

 8月6日放送、Eテレ「美輪乃湯」を観る。

1 番組要約

 最近の若者は、「慾がない」、「偶像を持たない」、「”草食動物”だ」と言われているが、そういう大人達こそが、若者たちの覇気をなくさせたのだ。
 バブルの時代は、お金が動いていなく、紙が動いていたのだ。だからこそ、その後バブルがはじけて、若者たちに「ああいう大人になりたくない」と思わせてしまったのだ。

 「大人とは年齢ではなく内容」である。また、大人には「知識と教養」が必要である。「知識」とは、いろいろなものを知っていること、「教養」は知識を自分の細胞とし、生かした生活をすることである。
 日本には才能ある人的資源が豊富である。教養をもとに生活し、文化を輸出する大人になることが必要だ

2 感想

 この番組で美輪が語る通りである。ここでいう教養とは、人としての品格ともいえよう。私も、若者たちの模範となる「知識を生かして、教養ある大人」を目指したいものだ。

2014年8月 6日 (水)

奥野修司『心にナイフをしのばせて』(2009)を読む。

1 はじめに

 この本は、1969年春に神奈川県の某有名私立高校で発生した残忍な事件を取材したノンフィクションノベルである。これは、被害者側家族を綿密に取材し、力点を置いた本である。

 しかし巻末にもあるように、加害者側の取材と言う点で不十分であるため、全体像としてここで論評することは避ける。

2 加害者(元少年)による被害者の母親への発言

 「お金が必要なんですか」

 「少しぐらいなら貸すよ、印鑑証明と実印を用意してくれ、50万ぐらいなら準備できる。今は忙しいから一週間後に店に持って行くよ」(207頁)

 これは、被害者の母親が事件発生30年後に、加害者(元少年)に謝罪を求めて尋ねた際に言われた言葉である。
 被害者側家族は事件後家族が崩壊し、厳しい毎日を過ごしていた。一方加害者は少年院を出た後、更生し立派に弁護士として活動していた。

 しかし、この加害者(元少年)の言葉の裏には何があるのだろうか。

 (1)少年法や時効制度に守られ、支払い義務がないことへの法的権利主張
 (2)過去の記憶を消去し、加害者が事件を直視しないための自己防衛行動

 この本の出版後、加害者は弁護士を廃業したという。その後の足取りについては全く不明ではあるが、加害者の更生期間中の葛藤や経緯、その間の事件に関する思考や心理的変遷についてぜひとも知りたいものである。

2014年8月 5日 (火)

「沈黙」とは。

沈黙を保つことは、孤独に陥ることではありません。

沈黙を保つことは、自分自身と向かい合うことです。

沈黙を保つことは、神様と出会うことでもあります。

沈黙の中でなら、私たちは自分を見つめ、神を見出すことができます。

沈黙の中でなら、私たちは神が自分に語りかけているのを感じることができます。

沈黙の中でなら、私たちは神に語りかけることができます。

その語り合いは、祈りとなるのです。

    ~中井俊已『マザー・テレサ 愛の花束』~

 「沈黙」とは何か。
それは単に無音の状態を指すのではない。

 東洋思想では、沈黙とは内的静寂を指すが、同時にあらゆる方向に可能性を引き出す手段とする。西洋思想では、祈りを通じて神と対話する。それは気持ちを静め、心を開き、こだわりから解放させ、俯瞰的な立場から、物事を考えるようになることを指す。

 「沈黙」、それはとても素敵な時間となる。

<20:40追記>

 ちょっと最近、精神世界に入りすぎてしまった。

なかなか話題がないもので・・・(汗)

2014年8月 4日 (月)

「最良のものを」~マザー・テレサ~

人は不合理、非論理、利己的です
気にすることなく、人を愛しなさい

あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう
気にすることなく、善を行いなさい

目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう
気にすることなく、やり遂げなさい

善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう
気にすることなく、し続けなさい

あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう
気にすることなく正直で、誠実であり続けなさい

あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう
気にすることなく、作り続けなさい

助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう
気にすることなく、助け続けなさい

あなたの中の最良のものを、世に与えなさい
けり返されるかもしれません
でも気にすることなく、最良のものを与え続けなさい

          ~マザー・テレサ~

マザー・テレサのような人格者ですら、

自分を戒めるために、これらの言葉を詩として表現した。

私も、こうありたい。

 

2014年8月 3日 (日)

うだるような暑さの日には。

あまりに暑過ぎて何もする気にならない。

そこでガンガンに冷やした部屋で

ワーグナーを大音量で聴きながら

ニーチェを読む。

これでは”ニヒリズム”ではなく、

ただの”ナルシスト”だ。

キャー!! 

あぶない。あぶない(爆)。

『パワー・オブ・フロー』~ベリッツ&ランドストロム~

「フローを生み出す9つの法則」

1 物事を真剣に関わる

2 自分に素直になる

3 勇気をもつ

4 情熱を忘れない

5 今、ここに生きる

6 心に壁をつくらない

7 物事をあるがままに受けいれる

8 前向きにいきる

9 信頼する

  ~チャーリー・ベリッツ、メグ・ランドストロム 『パワー・オブ・フロー』菅靖彦訳(河出書房新社)~

 今から十数年ほど前、カウンセラーであり心理学研究者の友人から紹介された本である。

 フローとは「幸運をもたらす流れにのった状態のこと」であり、人生にフロー体験が増えると「シンクロニシティー」と「幸運な出来事」も増えるとする。

 私は心理学の専攻ではないが、フロイトは「変態おじさん」、ユングには「オカルト」、「スピリチュアル」、「宗教」、「占い」という先入観が強く、あまり深入りしたくないのだが、当時は息抜きとして読んでみた。

 今、再読してみると老子とユングには類似性があるかもしれない。しかし、この本を教本とすることにはリスクが伴う。特に心が折れている時に読むと危険だ。元気な時に、多面的に読み、自分なりの解釈することをお勧めする。

 ユング関連の本を読むのは、私の場合ここが限界である。これ以上深入りすると、こんな私でも、危ない世界に入り込み、抜け出せなくなる気がして怖いのである。

2014年8月 2日 (土)

「言葉はもともと魔術でした」~ジークムント・フロイト~

言葉はもともと魔術でした

われわれは言葉の力によって

他人を喜ばせることもできれば

絶望の淵に追いやることもできます。

ですから精神療法の手段として

言葉を使うことを

軽んじてはいけないのです。

  ~ジークムント・フロイト 『精神分析入門』~

手帳を新しくするたびに、必ず一番最初に書く言葉。

自分への戒めです。

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