天寿を全うして
祖母の葬儀より帰宅した。無事に私たち一族が笑顔で送ることができた。祖母にはずいぶんとかわいがってもらった。祖母の命日と私の誕生日が一緒となったことに、嬉しさすら感じる。
祖母と母とは、血のつながりはない。母が高校一年のときに実の祖母が亡くなった。しかし、まだ叔母や叔父にあたる妹や弟が小さかったため、後妻として母の実家に入ったのだ。母は、当時は多感な時期であり複雑な気持ちであったそうだが、無事に私たちを嫁に出してくれた立派な母親だと常々言っている。
祖母は、大正の初めに築地で生まれ、神田で育った。いわゆる「大正乙女」である。もちろん現在の築地が日本橋の魚河岸より移転する前ことであり、当時は御大尽の娘として何不自由なく育てられた。しかし、若かりしころ腎結核を患い、当時の医学では子どもを生んではいけないと言われたそうである。また、急に5人の母親として田舎の家に入ることとなり、本人もかなり驚きと抵抗があったそうだが、現在では素晴らしい8人の祖母、11人の曾祖母となった。
叔父が子ども時代からの写真をスライドとして上映してくれた。私は初めて観たのだが、あまりに古すぎて歴史絵巻を見ているようであった。祖母は「娘時代は『神保町小町』といわれていたのよ」と笑いながら言っていたが、確かにそのころの写真をみると、美人でおしゃれであった。
家族葬として湿っぽさは一切なく、笑い声に囲まれた葬儀であった。今頃は無事に天国にたどり着いたことであろう。
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天寿をまっとうされた、良きおばあちゃんだったのですね。心からお悔やみを申し上げます。
投稿: でんでん大将 | 2014年11月 5日 (水) 22時51分
血のつながりが無くても素敵な家族になれたんですね。
御婆様の努力も凄い物だったと想像します。
人の奥深さを考えさせられました。
とんぼさん 素敵な出会いを経験しているんですね。
御婆様のご冥福をお祈りします。
投稿: マーチャン | 2014年11月 6日 (木) 09時01分
大好きなオバアちゃんでした。
最後まで笑顔でした。
投稿: とんぼ | 2014年11月 6日 (木) 20時07分
物語の中では、継母というのはいじめる役が多いですが、
とてもやさしいオバアちゃんで、私は大好きでした。
今頃は、祖父と実の祖母、そして祖母の三人で
天国で楽しくすごしていることと思います。
投稿: とんぼ | 2014年11月 6日 (木) 20時09分
こんばんは。
遅くなりましたが、お悔やみ申し上げます。
新聞に、同じようなことが書いてあったのを思い出しました。
とんぼさんの場合は、誕生日=命日ですが、投稿者の人は、結婚記念日=命日だったような・・・。
とんぼさんのおばあちゃま、きっと、お誕生日に思い出してネと思っていらっしゃるのでしょう・・・。
投稿: グッピーちゃん | 2014年11月 9日 (日) 22時26分
私にとっては、生まれたときからたった一人の大好きなおばあちゃんでした。
母方の直系の孫に当たるいとこも、
わたしのことをとても慕ってくれています。
こんど飲みにいこうかと考えています。
投稿: とんぼ | 2014年11月10日 (月) 06時34分