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2014年11月21日 (金)

木暮理太郎と秩父山塊

 奥秩父を登っていると、必ず偉大なる先人として登場するのが木暮理太郎と田部重治である。山と文学については深田久弥の『日本百名山』が有名であるが、今回の奥秩父登山を機会に、木暮理太郎の復刻版『山の憶い出』と、田部重治の『山と渓谷』を購入し、読むこととする。今回は「奥秩父の父」と呼ばれる木暮理太郎についてまとめる。

○木暮理太郎
 1873(明治6)年、現在の群馬県太田市に生まれる。東京帝国大学文学部哲学科中退。日本山岳会創立以前から一人黙々と山を歩き続け、小島烏水(日本山岳会初代会長)、田部重治(英文学者)らの影響で、主として地図がまだ作成されていないころの「探検時代」の奥秩父の山々を歩き、その魅力を紹介した。これは、日本山岳史上「秩父時代」と呼ばれる。また、山岳展望や登山史の研究、地名の歴史的考証をおこない、人文的な山岳研究をおこなった。さらにヒマラヤ研究者としても有名であり、著書『山の憶ひ出』のほか『中央アジアの山と人』などの研究論文がある。第三代日本山岳会会長に就任したが、1944(昭和19)年急逝した。

 Photo

 早速、復刻版『山の憶い出』を開く。奥秩父の山々について、実に生き生きと記されている。地図を片手に私のような文系の一般登山者も楽しめる本である。新仮名遣いに修正をされているが、ただ漢字の読み方が難しいことを除けば・・・

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