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2014年12月

2014年12月31日 (水)

自戒の言葉

「ことばの消しゴム」

えんぴつで かいた字は けしゴムで きえる
こくばんに かいた絵も
こくばんけしで けせる

口からでてしまった ことばは
けす けしゴムないんだね
とりだせないんだね

きみの耳にささった ぼくのことば
わすれられないよ

ぼくのむねに ささった
きみの目

ことばをけす けしゴム
あったらなあ・・・

 ~なかの ひろ~

言葉はロマンを生み出す
言葉で幸福にも不幸にもなる。

その人のすべてが出たもの
   それが言葉

 ~美輪明宏~

言葉には気をつけよ
つけ加えることはできても
取り消すことはできないのだ

 ~バルダザール・グランシアン神父~

「アウシュビッツを生き抜いた人の話」

 収容された時、彼女は15歳。
彼女には、8歳の弟がいた。両親はもういなかった。
 これ、彼女から聞いた話なんですが、
収容所行きの列車の中で、弟が靴を履いてなくて、
「無くすなんて、何てバカなの!」って姉として叱ったそうです。
それが、彼女が弟に言った最後の言葉になってしまった。
で、後に収容所を出られた彼女は、このような誓いを立てたそうです。
「それが最後の言葉になったら、困るような発言は二度としない」
 私たちにそれができる?いや、難しいでしょう。
でもね、それを目指すべきだと思うんです。

  ~ベンジャミン・ザンダー(ボストン・フィルハーモニック指揮者)~

「言葉はもともと魔術でした」

言葉はもともと魔術でした
われわれは言葉の力によって
他人をよろこばせることもできれば
絶望の淵に追いやることもできます
ですから精神療法の手段として
言葉をつかうことを
軽んじてはいけないのです

 ~ジークムント・フロイト『精神分析入門』~

「共感(sympathy)」と「公平な観察者(the impartial spectator)」

 ~アダム・スミス『道徳感情論』~

「汚れちまった悲しみは」

汚れちまった悲しみは
なにのぞむなくねがうなく
汚れちまった悲しみは
懈怠のうちに死を夢む

汚れちまった悲しみに
いたいたしくも怖気づき
汚れちまった悲しみに
なすところもなく日は暮れる

 ~中原中也『山羊の歌』~

2014年12月30日 (火)

「人を想う」~高倉 健~

人を想うということが、
いかに美しいかということでしょ。

人間が人間のことを想う。
これ以上に美しいものはないよね。

  ~高倉 健~

11月20日放送「クローズアップ現代」より。

2014年12月29日 (月)

いつもの山道具屋さんでの会話

 山で専用のGPSを使っている人が増えてきた。私の場合は、以前の記事でも書いたが、山は地図とコンパスを頼りに登るのが基本で、GPSを持ち込むことなど、「山ヤ」の風上にも置けない存在だと考えていた。
 しかし、実際に使っている人からの話だと、なかなか便利な製品で、「邪道」といいながらも、本音としては使ってみたいものだ。
 そこで会計を済ませた後、カウンターに鎮座する最新GPSについて店員さんに聞いてみた。

私:「お兄さん、やっぱりこの登山用GPSって便利なんすかね~」

店員:「お客さん、ちょっと見てみます?」

 店員さんは、製品やカタログを取り出し、細かな機能説明をたくさんしてくれた。

私:「でっ、具体的にどういう時に便利なの?」

店員:「そうですね~、まずは道に迷ったとき、外れたときもすぐわかりますよ」

 「この製品は地図も最初から内蔵されており、かなり正確にでますよ。夏山よりも雪山のときの方が大活躍ですかね。」

 「道に迷っても目的地までの距離、方角、目的地までの時間までわかりますよ」

 「あっ、そうそう。ホワイトアウトや風速20m/sの暴風雪に遭遇したときこそ、本領を発揮しますよ!」

 店員さん、自信満々に説明する。

私:「お兄さん、ひょっとして占い師?」

 「俺の人生を全て言い当ててる・・・」

 「だから・・・、俺の『人生のGPS』売ってください!!」(爆)。

 真面目な店員さんは、しばらく固まっていた。

 ♪チャン、チャン♪

2014年12月28日 (日)

人を信じる。

人から受けた屈辱や損害は、

十年立っても二十年立っても忘れやしないんだから

  ~漱石『こころ』 上・三十~

人には優しくし接しているか。
人からの優しさを忘れてないか。

人の恩に気づいているか。
人の恩に報いているか。

人に礼節を尽くしたか。
自分の非礼をわびたか。

自分の過ちを認めたか。
他人の過ちを水に流したか。

自分の考えを押し付けていないか。
他人の考えを受け入れているか。

自分の責任を他人のせいにしていないか。
他人の責任を自分が引き受けているか。

自分のことよりも、
相手の立場や気持ちになって考えているか。

人に感謝し、
人を信じ続けたい。

すべては人の心の痛みがわかるために。

2014年12月27日 (土)

やっちまったぜ・・・。

 奥様を亡くされ、外交官として働いていたたった一人のお嬢さんも現地で結婚生活を始めた。淋しい年越し予定の私のボス。ボスを元気付けようと仲間を誘って忘年会を開いた。

 気がついたら私のほうが元気付けられてしまった。恥ずかしながら翌日は1時間の遅刻。

「ずいぶんと背負い込んでいたんだね」

 優しいボスの一言。

 本当に感謝である。

2014年12月26日 (金)

独学ノススメ~柳川範之・東大教授~

12月22日付け、読売新聞「『独学』は時代の要求 柳川範之・東大教授」より

1 記事要約

 経済学者で柳川範之教授の『東大教授が教える独学勉強法』(草思社)が、7月の刊行以来6刷・3万3000部と好調だ。勉強の指南書として分かりやすいこともあるが、「『独学』というあり方が今の日本人に必要とされているからではないか」と教授は語る。
 教授は10代のころブラジルに住み、独学で大検に合格し、慶応大経済学部通信教育課程に入学し、シンガポールに住みながら通信教育で再度独学した。
 独学について教授は、学校に属さず誰の教えも受けないという狭い意味ではなく、「自分のペースで自分で判断しながら勉強していく」という広い意味で捉える。改めて独学を進めるのは、「今は多様性が求められる時代。決まった目標の達成よりは『宝探し』のような学びが大切になっている」からだ。一方、近年は大学の講義がネット配信できるようになり、独学に適した環境が整いつつある」と述べる。
 本書では、「なぜ人は勉強するのか」などの本質論を展開した上で、独学の長所として、
・自分のペースで勉強できること
・自分に合った教材を選べること
・自分で考える癖がつくこと
を指摘し、学ぶ姿勢としては、
・本に正解を求めるよりは、書かれたことを疑ってかかる癖
を持つことを薦める。
 とかく社会人は忙しいが、「仕事を辞めず、空き時間や週末などに、仕事と異なる関心を深めていってはどうか」と教授は提案する。しかし、独学となると、さぼってしまったり、独りよがりな方向へ進んでしまったりする可能性もある。これについて「別にさぼっても構わない、また独学だからといって、他人に教えを受けることを否定するわけではない。勉強がトンチンカンな方向に行ってしまっても引き返せばよく、それもまたいいんじゃないか」と述べる。

2 感想
 姜尚中教授は以前、「教育のブロイラー化」を嘆いていた。私も姜教授の意見に賛成する。学ぶことは楽しいことである。しかし現在の学生のように、事細かにレールの敷かれた教育課程でしか学んだ経験のない若者達に、はたして独学の楽しさを伝えることができるだろうか。
 また柳川教授は記事の中で、「大学教育はこれから10年で大きく変わる。大教室の講義はネットに取って代られる」と語る。ネット講義は大学の門戸を開放するという面でメリットはあるが、「ネットに取って代られる」というのは、いささか大げさな表現ではないだろうか。やはり大教室であっても、教授の直接講義のほうが、緊張感があってよいものだ。社会人ならともかく、若者達には、できることなら教室での講義を勧めたい。
 柳川教授の独学に関する定義は、とてもおおらかである。決して引きこもりを推奨しているわけでもない「独学の勧め」である。特に記事の最後の「勉強がトンチンカンな方向に行ってしまっても引き返せばよく、それもまたいいんじゃないか」というコメントに、独学で学んできた教授ならではの、楽しさや充実感が伝わってきた。
 独学であっても、学びの友は必要だ。教室であれ、ネットであれお互いに切磋琢磨する友がいたほうがいい。
 ぜひこの本を一度拝読したいものである。

2014年12月25日 (木)

「簡単そうでとても難しいこと」

FBより引用・転載。

大切な人を信じること

大切な人を信じた自分を
信じること

裏切らないこと

人を傷つけないこと

思いやりを持つこと

相手の気持ちになって
考えること

素直になること

笑顔を忘れないこと

ちゃんと向き合うこと

まわりの人を愛すること

自分を愛すること

どれも簡単そうでとても難しい

これって本当に難しい。

来年は少しでもこの境地に近づけるといいな。

自分の考えが「運命」になる

FBより引用・転載

自分の考えに気をつけよう。

 それは言葉になる。

自分の言葉に気をつけよう。

 それは行動になる。

自分の行動に気をつけよう。

 それは習慣になる。

自分の習慣に気をつけよう。

 それは人格になる。

自分の人格に気をつけよう。

 それは運命になる。

 考え方に、気をつけましょ。

行動で示さないと人には伝わらない

FBより引用・転載。

言葉は本当に大切。

心で思っていても、
言葉に出さないと
人には伝わらない。

行動は本当に大切。

心で思っていても、
行動で示さないと
人には伝わらない。

言葉も行動も大切です。

心で思った事を
言葉と行動で
表現していきましょう。 

実行できる人は
できない人よりも
前に進むことができる。

2014年12月24日 (水)

「愛こそはすべて」~Eテレ『美輪乃湯』より~

12月23日Eテレ「美輪乃湯」を観る。
タイトルは「恋愛とは言うが愛恋とは言わない」であった。

1 番組要約

 愛と恋は異なる。
 恋愛は「恋」から始まる。恋は「自分本位」、愛は「相手本位」となる。
 「恋」は一方的に自分の欲望を相手にぶつけ、自己の気持ちやプライドの方を大切にする。「愛」は恋から始まる。だから「恋愛」という。「愛」は裏切りでもなんでも全て許してしまう。自分の身を捨ててまで自分を愛してくれる人は、なかなかいないものだ。
 人を愛するには、自分に余裕がなければならない。自己が確立していなければならないのだ。誰でも相手に寄りかかりたいものだが、それは相手にとって負担となる。確たる自立、独立など自分自身が充実していれば、人を愛することができる。
 恋から愛になれば、自分も相手も楽で、それは永遠になる。愛こそがこの世の全ての悩み、苦しみ、トラブルを解決してくれる。愛こそがこの世のパスポートなのです。

2 感想

 感想は不要ですね。

然し気をつけないと不可(いけ)ない。
恋は罪悪なんだから。

君、黒い長い髪で縛られた時の心持を知っていますか。

 ~漱石『こころ』 上・十三~

 よきクリスマスを。

2014年12月23日 (火)

「金を見ると、どんな君子でもすぐ悪人になるのさ」~漱石『こころ』~

金さ君。金を見ると、どんな君子でもすぐ悪人になるのさ

いざという間際に、急に悪人に変るんだから恐ろしいのです。
だから油断が出来ないんです。

  ~上・二十九~

1 12月22日読売新聞より要約

 政府は、原子力発電所など原子力関連施設を抱える地方自治体向けの電源三法交付金の配分方法を見直す方針を固めた。再稼動した原発の自治体には2016年度以降、重点配分する一方、運転停止が続く場合は交付を減らす。

 電源三法交付金の総額は年間約1000億円。原発が供給できる最大の発電量に対する実際の発電量の割合に応じ、配分する仕組みだ。

 一方、廃炉が決まった原発は翌年度から交付金が配分されなくなる。廃炉に伴って交付金がなくなると地域経済が受ける打撃は大きいため、政府は電源三法交付金に変わる財政支援策も検討する。

2 感想

 私は「対案なき批判はすべきでない」と思っている。原発に代る地方振興策はないのだろうか。

おはようございます。

なんかいいな。

思わず撮っちゃいました。

Hinode

それだけっす。

2014年12月22日 (月)

「あなたは真面目だから」~漱石『こころ』~

私はあなたの意見を軽蔑までしなかったけれども、
決して尊敬を払い得る程度にはなれなかった。
あなたの考えには何等の背景もなかったし、
あなたは自分の過去を有(も)つには余りに若過ぎたからです。

その極あなたは私の過去を絵巻物のように、
あなたの前に展開してくれと逼(せま)った。
私はその時心のうちで、始めて貴方を尊敬した。

あなたが無遠慮に私の腹の中から、
或生きたものを捕まえようという決心を見せたからです。
私の心臓を立ち割って、
温かく流れる血潮を啜(すす)ろうとしたからです。

私は何千万といる日本人のうちで、
ただ貴方だけに、
私の過去を物語りたいのです。
あなたは真面目だから。
あなたは真面目に人生そのものから生きた教訓を得たいと云ったから。

私は暗い人世(じんせい)の影を遠慮なくあなたの頭の上に投げかけて上(あげ)ます。
然し恐れては不可(いけ)ません。
暗いものを凝(じっ)と見詰めて、
その中から貴方の参考になるものを御攫(おつか)みなさい。

  ~下・二~

2014年12月20日 (土)

「あなたは腹の底から真面目ですか」~漱石『こころ』~

あなたは本当に真面目なんですか

私は過去の因果で、人を疑りつけている
だから実はあなたも疑(うたぐ)っている。

然しどうもあたただけは疑りたくない。
あなたは疑るには余りに単純すぎる様だ。

私は死ぬ前にたった一人で好いから、
他(ひと)を信用して死にたいと思っている。
あなたはそのたった一人になれますか。なってくれますか。
あなたは腹の底から真面目ですか
  ~上・三十一~

私は精神的に癇性なんです。
それで始終苦しいんです。

  ~上・三十二~

私は私自身さえ信用していないのです。
つまり自分で自分が信用出来ないから、人も信用できないようになっているのです。
自分を呪うより外に仕方がないのです。

私は未来の侮辱をうけないために、
今の尊敬を斥(しり)ぞけたいと思うのです。
私は今より一層淋しい未来の私を我慢する代りに、
淋しい今の私を我慢したいのです。

自由と独立と己れとに充ちた現代に生まれた我々は、
その犠牲として
みんなこの淋しみを味わわなくてはならないでしょう。

  ~上・十四~

「自由と独立と己れとに充ちた現代」
漱石文学の一貫した主題。
こうした傾向が、個人の人格や自立の基盤であるとともに、孤独や独善の源泉でもあることを指摘している。(新潮文庫版解説より)

2014年12月18日 (木)

「弱い自分」乗り越えた~鈴木明子選手『日本経済新聞』より~

 12月17日付け日本経済新聞より引用・要約

1 鈴木明子選手について
 鈴木明子選手は6歳からスケートを始め、15歳で全日本選手権4位入賞、2009年中国杯GPシリーズ初優勝、12年世界選手権銅メダル、13年全日本では出場13回目にして初優勝、10年バンクーバー、14年ソチの2大会の五輪出場銅メダル、14年3月の世界選手権を最後に競技生活から引退、現在はプロスケーター、テレビ解説などをしながら振付師になる勉強を重ねている。

2 記事要約
 「損したこともあるかなと思うけど、遅いからこそ、新幹線なら通り過ぎていた景色もたくさん見えたし楽しかった」と実感をこめて鈴木選手は語る。電車なら各駅停車。銀盤での歩みは、ゆっくりしたものだった。何度も立ち止まりながら、コツコツと前へ進んで27歳にして世界選手権で初めてメダルを手にした。遅咲きという言葉がぴったりだった。
 6歳の頃からジャンプの習得に時間がかかり、現在の女子選手が当たり前のように跳ぶ3回転-3回転の連続ジャンプも、26歳になるまで試合で成功できなかった。大学生のときには摂食障害を患い競技から一時離れざるを得なくなった。
 壁にぶちあたり、どん底に落とされても、「人間誰しも失敗する。失敗したときに失敗のままで終わらせないことが大切」と自らに言い聞かせ、あきらめずに乗り越えてきた。
 10代の鈴木は、「できない自分はみせたくない、格好つけていたい」と完璧主義者だった。20代に入ると、「素直に自分自身をちゃんと見るようになったというか、繕わなくていいのかなと思って」と、不器用な自分、弱い自分を徐々に受け入れられるようになった。そのことによって定評があった表現力に幅がでて、深みが増した。たどり着いた境地は「フィギュアスケートは人生の経験や乗り越えてきたものが、氷の上に全てでる」と、見る者に訴えかけ、情感豊かな唯一無二の世界観を確立させた。
 24歳のときにGPシリーズで初優勝、バンクーバー五輪、ニースでの世界選手権では表彰台にあがった。競技人生のハイライトは28歳のときに出場13回目にしてつかんだ昨年の全日本選手権だった。「自分の中であれが最高の演技」と語る。圧巻のフリー演技で、小学生のころからしどうしてきた長久保裕コーチが「彼女は一生懸命精進してきた。夢みたいだ」と鈴木の演技で初めて涙を流した。
 2月のソチ五輪は8位、現役最後となった3月日本開催の世界選手権も6位とメダルに届かず、最高の演技では締めくくれなかったが、胸にこみ上げたのは「やり切った」という満足感であり、日本の1万8千人の大観衆に温かく見送られ、「おそらく世界で一番幸せな引退。引退を後悔したことは1ミリもない」と語る。
 フィギュアは10代や大学生までに結果を残せなければ、競技生活を断念するケースが多い。遅咲きだった自分の人生が銀盤の新たな道しるべとなることに期待をかけ「あきらめなければできる、と思ってもらえたら」と語る。
 将来の目標は振付師であり、「ただ振り付けるだけではなくて、生き方やスケートに対する思いも込めて、選手の魅力を引き立てたい」という。
 「無数の人生が氷上に刻まれていく」とこの記事は、まとめている。

3 感想
 私はフィギュアスケートについて詳しくない。鈴木選手についてはスポーツニュースで知る程度であった。しかしこの記事を読み、本人が銀盤の上で笑顔を見せながらも、苦しみと向き合い、血のにじむような努力、既成概念の打破、ストイックな競技人生、さらに引退時の「やり切った」という満足感等、記事を読みながら、素人の自分の胸にもこみ上げるものを感じた。
 新聞記事のタイトルは「『弱い自分』を乗り越えた」、「遅咲き情感の世界観確立」と書かれている。要約文を書くにあたっても、記事の文章の中で省略できる部分はほとんどなかった。それだけ壮絶で密度の濃い競技人生であったのだ。特に「フィギュアスケートは人生の経験や乗り越えてきたものが、氷の上に全て出る」という鈴木選手の言葉に、彼女が向き合った苦しみ、そして苦しみですら素直に受け入れるという、激しい生き様を読み取ることができる。もっと前から彼女のことを知っていれば、私もファンの一人となって応援しただろう。
 遅ばせながら、今後の彼女はもちろん、これから彼女が育成する選手を応援したい。
 
  

2014年12月16日 (火)

「こころ」の『先生』のイメージは。

つまり私は極めて高尚な愛の理論家だったのです。

 同時に尤(もっと)も迂遠(うえん)な愛の実践家だったのです。

  ~夏目漱石『こころ』~

 今まで「先生」は、しょぼくれたオジさんというイメージだった。

 しかし若い「私」に対してこのような言葉をサラッと話せるというのは、知的でダンディー、そしてとてもシャイな男性だったのではないだろうかと想像する。

2014年12月15日 (月)

ルサンチマンなんか忘れちゃえ!

ルサンチマンは
よろこびを感じる力を
弱くする

  ~ニーチェ『ツァラトゥストラ』~

ルサンチマンなんか忘れちゃえ。

「小さな喜び」にたくさん気づくために。

2014年12月14日 (日)

言葉にしないと、何も伝わらない

想いは言葉にしないと 何も伝わらない。

言葉は行動にしないと 何も始まらない。

行動は結果にしないと 何も生まれない。

FBより転載。
「何も言わなくてもわかるはず」なんて、
ただの幻想。
言葉にしないと、何も伝わらない。

想いは言葉にしなくちゃね。

2014年12月10日 (水)

よい人間関係は「腹六分」~Eテレ『美輪乃湯』~

 12月9日放送、Eテレ『美輪乃湯』を観る。タイトルは「ベタベタはまずい」であった。

1 番組要約
 昔の中国の哲学者は、
  「君子の交わりは淡き水のごとし
      小人の交わりは甘き醴(れい)のごとし」
と言っていた。これは、
  「立派な人の交際は淡い水のようにサラサラ
      人間が小さい人の交際は甘くてベタベタ」
という意味である。すなわち人間が小さい人の付き合いは「水臭い」と言いながら相手のなかに土足で入り込み、それが「親しい証拠」と勘違いする。この関係が国と国との場合であったならば、戦争になる。

 親の言うことは素直に聞けなくても、他の人の言うことは聞けるのなぜだろうか。これは「親しさという魔物」が邪魔をしているからである。「親しき仲にも礼儀あり」というのは、礼儀さえあれば人格をたてあう余白が残されるということなのだ。よって同じことを言われても、相手が他人であるからその人の意見を素直に聞けるのである。したがって、よい人間関係をずっと保っていこうと思うならば、まず「腹六分」にしておくことが大切で、決して腹十分や腹八分となってしまったらよい人間関係を築けないのである

2 感想
 宮本武蔵の『五輪書』では「間合い」という言葉がしばしば出てくる。この間合いを身につけるために、「よくよく修練せよ」繰り返し書いてある。当時の兵法書を人間関係の哲学書と捉えるならば、この間合いが最も難しい。
 今回は「腹六分」ととても理解しやすいたとえであった。美輪が述べるように、腹十分や腹八分では急ブレーキをかけても止まることができないのである。
 私も今までの人間関係で、「この人とは」と思っても、決して長続きしない人も多数いた。同じ失敗を繰り返さないためにも、これからは決して相手に深入りせず、「腹六分」の関係で末永く付き合っていきたい。

2014年12月 9日 (火)

「ありがたい」、「おかげさま」を大切にしたい。

 日の出を見ながらの出勤であった。思えば、今は亡き明治生まれの祖母は、昇る太陽や沈む太陽に向かって、よく手を合わせ、何かあれば「ありがたい」、「おかげさま」という言葉を口にしていた。また善いことがあっても、悲しいことがあっても「お天道さまが見ているよ」と声をかけてくれた。「明治生まれ」というと、つい無骨さや一本気の男性像ばかりが強調されるがれがちであるが、「ありがたい」、「おかげさま」という言葉には、人間としての繊細さがある。

 以前、ブロ友さんの「『おかげさま』という言葉が使えない人、精神を病んでいる」という記事を読んだことがある。医学的な根拠はわからないが、おそらく自分中心でしか物事を考えることが出来ない人は、結果として自分を客観視できずに精神を病んでしまっているということだろう。

 私を含めて戦後教育を受けてきた人間は、「個人の確立」を最優先した。それは何かと「自分中心」、「自分さえ良ければよい」と考えることにつながる。例えば、お金を払ってさえいれば権利者となり、あらゆるサービスを「当たり前」として求め、受け取る。そこには「ありがたい」、「おかげさま」という概念はない。確かに戦前のような全体主義は困るが、そろそろ自分中心から、「社会の中の自分」、「他者から見た自分」ということに気づく必要がありそうだ。

 今年も残すところ約半月近くなった。今年も多くの方々にお世話になった。今年の御礼は今年のうちに済ませよう。皆様からのおかげさまがあって、今日まで無事にこられたのだ。本当にありがたいことである。

 美しい日の出を見ながら、そう考えた。

2014年12月 7日 (日)

「北斗星」の廃止について思うこと。

1 はじめに
 2016年春の北海道新幹線開業に伴い、JR東日本と北海道は寝台特急「北斗星」(上野-札幌)を15年中に方針を固めたという。この廃止に伴い、「ブルートレイン」は姿を消す。またJR西日本も「トワイライトエクスプレス」(大阪-札幌)も15年春に終了するという。(12月5日『読売新聞』より要約)

2 北斗星と私
 小学生のころ、2学期が始まると友達が「ブルートレインに乗って田舎に行ってきた」と笑顔で話してくれたのを覚えている。田舎というものを持たない私にとって、それはとても羨ましく思えたものだ。「いつかは自分も」という憧れから、社会人となり、友人の結婚式、個人的な旅行で「北斗星」を利用した。子どものころから座る電車しか知らなかった自分にとって、おせじにも寝こごちがいいとは言えないものの、寝台列車に乗り、パリパリにのり付けされた浴衣を広げるときは、いつもワクワクしていたものだった。

3 二種類の旅の楽しみ方
 鉄道や自動車の発達により、旅というものが私たちの生活の中でとても身近な存在となった。多くの観光地に、鉄道、自家用車、バスなどを利用して、数多く出かけることが可能なったことは、とても喜ばしいことである。また現地でもロープウェイ、ケーブルカー等を設置し、年齢を問わず多くの観光客を呼び寄せ、その地域の経済発展に貢献していることも、今さら言うまでもない。
 しかし旅について考えると二種類の考え方がある。一つは少しでも「早く目的地に到達する旅」、もう一つは移動空間の「プロセスを楽しむ旅」である。後者はもっとも贅沢な旅だと考えている。特に客船で時間をかけて旅することは究極の贅沢となる。
 目的地までの時間は、旅そのものを充実させる重要なプロセスなのだ。

4 せめて「北斗星」だけでも
 北海道新幹線の開業に伴い、今までよりも北海道が身近になることは良いことである。とはいえ、青い客車が引かれて北海道の大地を目指し走る姿は、とても美しい。仮に、他のブルートレインが廃止することになっても、「北斗星」だけは残してもらいたい。今でも駅に停車、もしくは通過する北斗星の姿は、見ている者の旅情を誘う。
 
 これは単なる私のノスタルジーから考えることなのであろうか。

2014年12月 6日 (土)

山を愛する人(私見)

 山小屋で一緒になった人と話す。そこで出会う人はとても優しい。お互いに決して多くを語らないが、何か「カゲ」がある。そう感じるのは私だけではないだろう。山を愛する人は、必ずといってよいほど何かを抱えている。

 野球、サッカー、テニスなどを愛する人に、その習い始めたきっかけについて聞くと、「友達に誘われたから」、「かっこいいから」など明るい理由を答える人が多い。さらに思春期には「女の子にもてたいから」という本音も出てくる。しかし登山には、これらメジャースポーツに含まれる「かっこよさ」はない。

 自分の抱えた荷物を降ろしたとき、背中のザックも降ろすことができるときだと思っている。

2014年12月 5日 (金)

アナウンスメント効果

 12月4日「読売新聞(夕刊)」より引用・要約する。

1 記事要約

(1)「バンドワゴン効果」と「アンダードッグ効果」
 新聞社やテレビ局などによる事前の選挙報道が、有権者の投票行動に影響があるとされる。これを「アナウンスメント効果」と言う。その効果は二種類あり、投票先を決めていない有権者が、優勢と報じられた候補や政党に投票する「バンドワゴン(勝ち馬)効果」と、劣勢とされた側に流れる「アンダードッグ(判官びいき、負け犬)効果」の両方が指摘されている。

(2)小選挙区制での効果
 有権者が「死に票」になるのを嫌い、当選する可能性が高い候補に投票する傾向が出やすいとされる。
 一方で「自分の1票で結果が変わるかも」と感じて、劣勢が報じられる候補に投票するケースも想定され、結果的には相殺されるという見方もある。

(3)中選挙区制での効果
 「判官びいき効果」は、中選挙区制時代に多く表れたとされる。

(4)各陣営への効果
 候補や政党の優劣絡む選挙報道は、有権者への影響よりも、各陣営への心理的効果の方が大きいとの指摘もある。

2 私見
 昨日の新聞各紙の世論調査では「自民党もしくは自公両党で300議席を超える勢い」との報道であった。おそらくこの調査どおりにとなるであろう。各候補者や政党に関するコメントは、当ブログでは差し控える。
 前回の選挙において官僚・政治家ともに「増税しなければ大変なことになる」と力説していたのは、いったい何だったのだろうか。確かに増税しないことを叫べは、有権者の耳に心地よい。理屈はわかるが、財政赤字を先延ばししても本当によいのだろうか。反対に「ただちに増税せよ」と訴える政党が皆無であるのが気になる。また、今回の増税延期確認選挙で的を争点なき争点に絞り、それ以外の大きな問題を隠してしまったことも疑問である。大量議席を確保した後に、一気に通過させるのであろう。
 私は「アマノジャク」なのだろうか。

2014年12月 4日 (木)

『幸せになる3つの条件』~ニール・パスリチャ~

 Eテレ12月3日放送「スーパープレゼンテーション」
 ”サイコーな人生を送るための3つの秘訣” 
 〔TED ”The 3 A's of awesome” Neil Pasricha〕 より

1 前向きな姿勢・・・つらいことがあっても 前に進む

2 豊かな感性・・・自分の中の3歳児を大事にし、暮らしの中に小さな喜びを見つける

3 本当の自分・・・自分が楽しいと思えることをやる

 ”AWESOME!”

  ~ニール・パスリチャ(No.1ブロガー)~

 小さな幸せ、数えましょ。

2014年12月 3日 (水)

「幸せはいつもそこにある」~メーテルリンク~

幸せはいつもそこにある。

   人はそれに気づいていないだけなんだ。

      ~モーリス・メーテルリンク(詩人・劇作家)~

なんか、最近くたびれちゃったよ。

2014年12月 2日 (火)

BSプレミアム「漱石『こころ』100年の秘密」(再放送)

 12月7日(日)午後3時に、今年9月10日に放送された上記番組がより再放送される。

1 番組詳細(NHKネットクラブより転載)

(1)番組内容

 夏目漱石の代表作「こころ」は、実はアブない禁断の書だった?「国民文学」の秘められた謎や真の魅力に迫る、ちょっと知的でスリリングな文学エンターテインメント

(2)詳細

 文豪・夏目漱石の「こころ」が新聞連載小説として登場して今年でちょうど100年。教科書でもおなじみの「国民文学」だが、し細に読むと実は謎だらけの作品でもある。「ボーイズラブ」「三角関係」「遺書」「自殺」・・・とまるで「アブない禁断の書」のような小説世界。漱石の狙いはどこにあったのか?なぜ日本人は100年もの間「こころ」を愛読し続けたのか?漱石文学に一家言ある達人たちが集い、スリリングな読書会が開かれる。

(3)出演者ほか

 鈴木杏、小森陽一、中野信子、関川夏央、高橋源一郎

2 番組紹介にあったっての私見

 国民文学として漱石の「こころ」について多くの人が知るところである。私が読んだのは、受験対策としてであり、当時の目的は「いかに点数を上げるか」として読んでいた。その時の感想としては、「単なる暗い小説」としか読み取れず、好んで読むほどのものではないとすら考えていた。

 この番組を通じ、「この小説には答えがない」ということが理解できた。それぞれの読者が、それぞれの感想を持って良いのである。そして、再度この本を手にしたくなる気持ちにさせられた。番組では、それぞれの専門家が多様な立場から分析し感想を述べ合う。その中で、多様な価値観を相互に認め合い、決して相手の意見を否定することはない。番組進行の上でも、まさに「文学エンターテインメント」と呼ぶにふさわしい。

 内容としては、先生が「恋は罪悪ですよ」と私に語りかける。この場合、先生と私は「恋」と「愛」を分けて定義している。このことから先生と私との「禁断の恋」を導き出す。女性の視点から、奥さんである静は、二人の男性を自殺に追い込んだ「魔性の女」と手厳しい。さらに「Kとは誰か」という問題について、”Knock”、”Knife”など英語には発音しないKがあることから、「Kはもともと存在しない説」、当時の日本と朝鮮半島の関係から「KOREA説」これだとするならば、当時発禁処分すれすれの内容となる。さらには同時期に自殺をしている「北村透谷説」など実に興味深い内容であった。

 この番組は、私の中では今年度最高の番組であったと思っている。WEB上ではこの番組に対して異論もあるようだ。しかし繰り返しになるが、漱石の「こころ」は、明確な答えがなく、個々人が多様な感想を持ってよい小説なのだ。9月の放送時には録画ができなかったので、今回はしっかり録画し、後日番組要約を記載したい。また私たちの私的勉強会である「Tゼミ」でも上映し、参加者相互の感想を述べ合ってみたいものである。とても素晴らしい資料になることであろう。

 皆様もぜひご覧あれ!!

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