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2015年2月 3日 (火)

三島由紀夫とは(私見)

1 はじめに

 1月24日NHK放送「日本人は何をめざしてきたのか 知の巨人たち」の第7回三島由紀夫を観た。そこで、私見としての三島由紀夫についてブログに記す。

2 三島文学との出会い

 私が三島文学に触れたのは高校生のときであった(当時は男子校に通っていたが同性愛については、今も昔も「全く」興味はない)。彼の「仮面の告白」、「金閣寺」で孤独な青年の心情を綴る文体の美しさに、深く感銘を受けた。また、三島の生き方として、

 東大法学部から大蔵官僚
 天皇・皇室への敬意
 日本人としてのアイデンティティ
 左翼運動への反発
 東西冷戦下での日本防衛論
 ダンディズム
 快楽主義に向かう社会への抵抗

などに共感して憧れた。あの頃は、単に自分の孤独を肯定化させる対象として、三島文学を読み、三島との共通点を求め、三島の作品にふれることで「自分は大人だ」という背伸びした自己主張があったのであろう。

 もちろん当時は、三島以外に太宰治や川端康成らの作品も読んだ。しかし三島の繊細な文体と比較すると、特に太宰の文体は、単なる田舎者の文章にしか感じることができなかった。

3 三島由紀夫を理解するために

 三島は川端康成よりも先にノーベル文学賞の最終候補に選ばれていた。しかし、なぜあの時期に無謀な市ヶ谷での事件を引き起こし、自決したのか理解できなかった。それについて三島の年譜を読んだが、一層謎が深まるばかりであった。

 この長年の疑問を解決させてくれたのが、映画『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』(監督:若松孝二)(2012年)であった。この映画は、浅沼稲次郎刺殺事件、安田講堂事件、新宿騒乱事件と意志ある若者が次々と実力行使する中で、何も出来ない、何もさせてもらえない歯がゆさと焦りから、あの事件を起こしたと理解できる。すなわち三島理解には、垂直軸だけで考えるのではなく、横軸との関連性を理解しないと、「不可解さ」しか残らないのだ。

 1月24日放送「知の巨人たち」は、かつて三島が結成した民兵組織「盾の会」メンバーが登場していた。三島の自決後、表舞台から一切消えていたが、テレビ取材に応じたのは、私の知る限り、おそらく初めてではないだろうか。彼らを通じて三島について語る記録番組としても貴重な映像であった。

4 おわりに

 冷戦が終結した現在、右翼や左翼という概念は単なる相対的位置関係であり、私は全く価値を置いていない。その前提の上で数年前に「憂国」を読んだ。高校時代の三島の憧れとは反対に、グロテスクな嫌悪感だけが残った。その後一切彼の作品を読んでいない。しかしこの番組を機会に再度読み直し、純粋だったあの頃を取り戻したいものである。 

「その火を飛び越して来い

  その火を飛び越してきたら」

    ~三島由紀夫『潮騒』~

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