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2017年8月

2017年8月31日 (木)

絶対に相手の人格を否定しないこと。

アンパンマンは
「バイキンマンは悪い奴だ!許さないぞ!」とは言わない

アンパンマンが言うのは
「あ!バイキンマン! またイタズラしたな!許さないぞ!」だ

悪いのはバイキンマンという「人格」ではなく
イタズラという「行為」であるということ

・・・・・・・・・・

FBより引用・転載。

かつて人から、自分の人格を全否定されたことがある。

それまで絶対的な信頼をしていた人からである。

その傷は、今でも癒えていない。

ただその時から、誰であれ、相手の人格を否定しないと誓った。

アンパンマンも、細かな気遣いをしていたのですね。

奥白根山(2578m)日帰りハイク

 奥日光に遊ぶ人は、すぐ前にある大きい男体山や太郎山に目を奪われて、奥白根山に注目するする人は極めて少ない。

 麓からその全容を捕らえるのに困難な山であるが、遠く離れるとよく見える場所がある。それは上野から高崎へ行く汽車の窓からで、赤城が見え出した頃その右手に、整った円錐形の男体山、それと並んで更に高く、ヴォリュームのある白根山が眺められる。関東平野が冬ざれの一色にい塗られている時、その果てに純白の雪を光らせる。

    ~深田久弥『日本百名山』~

・・・・・・・・・・

 埼玉に居を構える者にとって、冬の澄んだ空気の中で眺める日光の山々はとても美しい。

 Photo

  標高2000mのロープウェイ駅を降り、当初30分間の高度順応の時間を計画していたが、特に問題も無かったので、すぐに登り始める。

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 登山口の二荒山神社で安全登山を祈願をし、ゲートをくぐる。整備された樹林帯の中を静かに歩く。

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 森林限界を超えると、巨岩に囲まれた山頂まであとわずかとなる。

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 深田は「貧弱な小祠(しょうし)」と表現しているが、私はそう思わない。むしろ「素朴な小祠」と称したほうがよいのではないだろうか。それだけ日光白根山は、古来から地元の方々にとって身近な山なのである。

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 頂上を踏んだ後、少し離れたところで休憩をとる。

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 お嬢からおやつのおすそ分け。パック包装が、このとおり膨らんでいた。

 後日、お嬢から写真を送ってもらったのだが、私のお腹も膨らんでいた。これも「気圧のため」と信じたい(笑)。

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 休憩後、静かな弥陀ケ池に立ち寄る。古来多くの修行者たちが、ここで阿弥陀如来と対話したのであろう。

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 丁寧な指導票に従い、ひたすら足を進める。この山ならば、天候さえ判断を誤らなければ、冬でも登れそうだ。

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 六地蔵で静かに手を合わせる。地蔵菩薩は「仏教界のアンパンマン」。
あらゆる人々を苦しみから救ってくれる。

 下山後、のんびりと温泉につかる。こうして山に登れることに、私たちは感謝せねばならない。

 山は、確実に秋に向かっている。さて次回はどこのお山に登りましょうか。

 Photo_13

  名称【ハクサンフウロ】

  Kinoko

  名称【未調査・不明】
 
なんという名前のキノコなのでしょう。高山植物ですら覚えきれないのですから、キノコはもっと難しい・・・。

2017年8月30日 (水)

お嬢と日光白根山ハイク

山の会の会員で、美人で美心の仲間(以下、お嬢とする。)と日光白根山ハイク。
立ち振る舞い、言葉遣い、気遣い、あらゆることに知性と品格が備わっている。
「お育てになった方がよくわかりますね。」
としか言いようがない。
ご両親様からの愛情をたっぷり受けているのがよくわかる。
私よりもお若いのに、お嬢と話しをていると、自然と頭が下がる。
下山後、山返しとして一緒に食事をした。
にこにこしながら話す姿は、こちらまで幸せな気分になった。
「お嬢に幸あれ!」
と願わずにはいられない。

2017年8月29日 (火)

"風”~はしだのりひことシューベルツ~

目が覚めたら、頭の中で流れていた曲。

なんでこんなに古い歌知っているのだろう。

2017年8月25日 (金)

「山ボケ」回復できず・・・

下山後、翌日から通常業務。

Dsc02252

まずい、「山ボケ」が抜けない。

P8210475

 関東では下山すると、「下山祝い」または「山返し」と称し、お酒を飲んだり食事をしながら無事の下山を祝う習慣がある。これは、山に登ると山の神様を連れて帰ってしまうので、そこで神様は山にお帰りいただくという縁起だ。いわゆる「精進落とし」と同じ習慣なのだ。しかし、今回はソロだったので、それをやっていない。

まずいぞ、山の神様を会社まで連れてきてしまったようだ。

これでは、また山に登らせてもらえなくなる。

ちなみに今日は「プレミアム・フライデー」。

仕事仲間と食事会です。

定時退勤します。

2017年8月23日 (水)

編集前ですが・・・山写真ご笑納ください。

昨日は、帰宅後すぐに寝てしまった。

取り急ぎ編集前ですが、よさげな山写真をアップします。

よろしかったらご覧ください。

【タイトル:日輪】 
撮影場所:牛首展望台より大天井岳を望む
撮影日:平成29年8月20日

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【タイトル:天高く】
撮影場所:槍ヶ岳肩の小屋前
撮影日:平成29年8月20日

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【タイトル:感謝】
撮影場所:南岳小屋前展望台
撮影日:平成29年8月21日

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2017年8月22日 (火)

北アルプス最終日〜南岳小屋から新穂高温泉を目指して〜

どうも布団が変わると安眠できない。
この4日間どうもダメだ。
夜中に何度も目が覚めてしまう。
そもそも20時30分の消灯といわれても、普段なら仕事をしている時間だ。
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今朝は霧、風も強い。
南岳新道を通って、13時までには下山 したい。

【14時30分追記】
新穂高ロープウェイ到着。
松本行きのバスにはまにあわなかったけれど、無事、下山しました。
これまでの間、たくさんの励ましコメントありがとうございました。
帰宅しましたら、お返事書きますね。
【17時50分追記】
高山駅から富山駅経由で埼玉に戻る特急電車の中で記す。
富山といえば、剣岳や立山が代表的だ。
2・3年以内にぜひ登りたいものである。

2017年8月21日 (月)

槍ヶ岳登頂!

頂上直下の肩の小屋でのんびりコーヒータイム。
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これから西鎌尾根に向かいます。
天気最高!
写真をアップロードできないのが、残念です。
【15時追記】
西鎌尾根に向かわず、南下して12時過ぎに南岳小屋に到着。
外はガスガス、今日は名物の夕日は見られそうにありません。
早速、🍺飲んでます。

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2017年8月20日 (日)

ヒュッテ大槍到着

山頂手前の山小屋、ヒュッテ大槍に到着。
想像以上に綺麗な山小屋でびっくり!

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途中、カメラを忘れて戻ったり、道を間違えて引き返すこともありましたが、
予定より30分早く到着。
迷わず生ビールを注文。
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うまいっす!
昨夜は、満点の星空の中で流れ星を何個も見ることができました。
おかげさまで、朝から良い天気に恵まれ、
雄大な槍ヶ岳を見ながらの登山、いいことありそう。
写真も一日で200枚ほど撮影しましたので、
下山後にアップしますね。

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2017年8月19日 (土)

雨男、燕岳登る。

3時30分起床。
乾燥室のシャツは乾いていない。
外は霧雨だ。
朝食後、北アルプスの女王とも称される燕岳往復する。

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コマクサの群生地に感動。

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これから常念岳に向かいます。

【ブロ友の皆さまへ】
電波の通じるところでチェックしていますが、
スマホの電池が貴重なので、
お返事は下山後に。

2017年8月18日 (金)

現在、北アルプスに逃走中

雨の中、燕山荘に到着。
携帯の機内モードを解除すると、早速職場からの電話が何本も入っていた。
ここまでくると、冗談抜きで本気でキレそうになる。
いったい何なんだよ!
どれだけ粗末に扱ったら気が済むんだよ。
もう、知らないもん!

Photo

2017年8月17日 (木)

あれ、日差しが

 東京では、18日連続で雨が降った。しかし今、雲の間から日差しがでてきた。昨日はすっかり沈黙していた蝉も鳴きだした。

 ニュースによると今年の雨は、40年ぶりの長雨だという。各地でも日照不足が問題となっており、農作物や各種産業への影響が心配だ。

 昨日は書類決裁と、事務処理でつかうソフトのマクロ修正をおこなった。ほかの人が組んだマクロを解析するのはむずかしい。

 明日から槍ヶ岳に入る。表銀座から東鎌尾根に抜けるルートだ。最近の山小屋は事前予約をしなければならない。ヒュッテ西岳はけんもほろろに断られた。

 さて、今日は一日自宅にいる。今日こそは、部屋の掃除と準備をしっかりしなければ。

”Here comes the sun”~Beatles~

2017年8月15日 (火)

「雨男」考える。

 やはり自分は「雨男」だと実感する。天気予報を見ると、明日からの山行も雨だ。日頃の行いが出るのであろう。

 昨日の記事では、白峰三山に登ることを計画していることを書いた。これではテントがグチャグチャになること間違いなしだ。防水スプレーをかけてはいるものの、濡れたテントは肩にズシリと響く。今から小屋泊に変えるのも一つの案だ。

 ちょっと待て。どうせ小屋泊にするならば前回台風で中止にした槍ヶ岳に登っても同じではないだろうか。今は登山計画書の作成・提出もPCで可能だ。「夏休」も「天気」も今となって変えられない。

 う~ん、悩むところだ。

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【18:00追記】

 なんてこった!先ほど上司から召集令状が来た。至急決裁しなければならない案件があるそうだ。なんで今頃電話してくるんだよ!

 困ったものです。こうなったら、雨が降ろうが槍が降ろうが、1日ずらしてでも山に逃走してやる!

 社畜もつらいよ(涙)

2017年8月14日 (月)

白峰三山縦走準備

 16日からソロで白峰三山(北岳・間ノ岳・農鳥岳)に入る。初日のみ小屋泊だが、それ以後はテント泊だ。

 昨年の穂高縦走の際は、荷物が多すぎてバテてしまい、途中の小屋で幕営した。翌日はそこからサブザック行動となってしまった。しかし今回は、全行程フルザックだ。3泊4日となると、やはり荷物が多くなる。それでも荷物を最小限にまとめなければならない。

 日本第2位の高峰から富士山を眺め、それを写真に収める。会社の写真展に出展できるといいな。

2017年8月13日 (日)

それは○○。

どんな事でも
受け入れてくれる器の大きさ
一緒にいる安心感

一見冷たく見えても
それは不器用なだけで
本当は優しく
温かい絶大な包容力

喧嘩をしても
今際の際まで添い遂げてくれる
優しさ。

総合判断の結果、
完全に一致するのが
「お布団」。

・・・・・・・・・・

FBから引用・転載。

ふふっ、確かにそうだね。

今日あたり、干してあげるか。

2017年8月12日 (土)

"Hello,world!"~BUMP OF CHICKEN~

”選んだ色で塗った 世界に囲まれて”

”選べない傷の意味はどこだろう”

”ご自分だけがヒーロー 守ったものがある”

”怖いのは その価値を知っているから”

3番のこの歌詞が好き。

この曲に限らず、BUMPの歌詞には何度も勇気をもらいました。

今日の私の部屋は、”BUMP祭り”状態。

ここまで歌詞に惹きつけられるということは、ひょっとすると、これは「演歌」なのでしょうか。

名曲の数々を、朝から繰り返し聴いています。

何度も繰り返し聴くことで、歌詞の深みを感じます。

どのCDもお買い得です。

”ハロー どうも 僕はここ”

2017年8月 9日 (水)

”旅の宿”~吉田拓郎~

大学院のゼミが終了し、院生たちとの懇談会。

後輩である彼女らから、スマホで浴衣を着た写真を見せてもらった。

思わず教授と顔を見合わせ、一緒にハモる。

♪浴衣のきみは尾花(すすき)の簪(かんざし) 熱燗徳利の 首をつまんで♪

♪もういっぱい いかがなんて みょうに 色っぽいね♪

「君、この歌知っているんかね。」

「はい、名曲ですから。」と、笑顔で答える。

若いっていいですね。

2017年8月 7日 (月)

歌人・税所敦子(さいしょあつこ)

 当家は浄土真宗ではない。しかし旧暦のお盆を前にした今、美しい仏教説話は誰の心にも染み入るものである。

・・・・・・・・・・

 幕末から明治にかけて活躍した女流歌人に税所敦子(さいしょ あつこ)さんという方がおられます。彼女は、文政8年(1825年)京都の宮家付き武士(宮侍)の家に生まれ、幼い頃から歌に親しまれ、20歳で薩摩藩邸(京都)に勤める税所篤之(さいしょ あつゆき)氏と結婚されます。

 短期で気性の激しい夫によく仕え、近所の人からは、「あんなに無理を言われて、よく我慢しておられますね」と言われたそうですが、そんな時決まって

「武士の妻として、何かと足りないところの多い私を人並みの武士の妻にしてやろうとの思いから、言葉も荒くなったり、手も上げられるのでしょう。夫の憤りの強いのは私のことを思ってのことです。ですから夫のことは少しも怨んではおりません」

と、答えたといいます。

 こうして献身的に仕える敦子を、いつしか夫も心からを敬愛するようになるのですが、その幸せも長続きせず、彼女が28歳の時、夫は病で亡くなります。しかし、悲しみにくれる間もなく、彼女は姑の世話をするため、一人娘(徳子)を連れて、夫の郷里である鹿児島に赴くのです。

 鹿児島には姑のほか、篤之と前妻との間にできた2人の娘、さらには五人の子供を連れた弟夫婦が同居しているという大家族でした。ことに姑は近所の人から「鬼婆」と、陰口されるほどの気性の荒い人で、敦子に対しては事毎に意地悪く当たるのです。

 しかし彼女はそれをじっと辛抱するばかりか、「まだ自分のお世話が行き届かないからだ」、「自分に足りないところがあるからだ」と、自らに言い聞かせ、姑に仕えるのです。 酒好きな姑の食事は彼女自ら調理をし、また毎夜手洗いに行く姑のため、一夜も欠かさずローソクを持って案内するなど、心を尽くして、姑に仕えます。

 当時の鹿児島は"よそ者"を嫌う気風が強いところでしたが、孝養を尽くす彼女の姿に人々は皆、これを賞賛して止みませんでした。

 そんなある日のことです。外出先でどうへそを曲げたのか、憮然とした面持ちで家に帰った姑は、彼女を呼び寄せ次のように言うのです。
「あんたは歌を作るのが上手だそうだな。今、この婆の前で一つ歌を作って見せてくれぬか」
「はい、いかような歌を作りますので」と、彼女は素直に応じました。 「それはな、この婆は、世間で鬼婆と言いますじゃ。それで、その鬼婆の意地の悪い所を正直に歌に読んでくだされ」

 敦子は驚いて、「まぁ、とんでもない。」と言って、しばらく熟考した後、次のような歌を短冊にしたためるのです。

仏にもまさる心を知らずして
 鬼婆ばりと人は言ふらん

 
短冊を手に取り、しばらく無言で見ていた姑は、ついに大粒の涙を流し、「今日まで意地悪のし通しじゃった。それほどまでにねじれきったこのわしに《仏にもまさる》とは……本当にすまなかった。許しておくれ」と手をついて心から謝まったそうです。

歌人である彼女は次のような歌を作り、いつも自らを厳しく律していました。

朝夕のつらきつとめはみ仏の
 人になれよの恵みなりけり


 いかなる苦労があろうとも、それは「本当の人間になってくれよ」と働きかけてくださるみ仏の「お恵み」ですという歌でありますが、いかなる苦難をも恵みと受け止めていくところに、長年仏法に親しんでこられた彼女の素晴らしい智慧が光っています。

 その後、彼女の貞節ぶりが、薩摩藩主島津久光公の耳に入り、登用されて、その息女に仕えて10年、更に島津家から近衛家に嫁入られる際に伴われて近衛家に移って10年、よくその任を果たされます。

 さらに明治8年、高崎正風の推挙によって、宮中に入り、明治天皇皇后両陛下のお世話係(掌侍)としてお仕えすることになるのです。 両陛下のご信任ことのほか厚く、人々は彼女を明治の紫式部と讃えました。

 また、宮内卿・伊藤博文公も、たびたび彼女と打ち合わせをする機会があったそうですが、「あれ程えらい婦人に会ったのは初めてだ」と、周りの人に話していたといわれています。

 また宮中にあっては、外国要人の接待に不自由とのことで、50歳を過ぎてフランス語、英語を勉強され、短時日のうちに習得したとのことです。

 こうして波乱多き人生を送られた税所敦子さんは明治32年2月、多くの人に惜しまれながら76年の生涯を閉じられました。

    清楚で気品があり、文学の素養豊かにしてしかも謙虚である、まさに彼女こそ「千古の婦人の鑑」であります。

 ~浄土真宗本願寺派 光明寺『今月の法話』 より引用・転載~

・・・・・・・・・・

 「明治の紫式部」と称された税所敦子。私は、当時と現在の物差しの違いを比較して、何かコメントするつもりはない。

 しかし、時代は変わっても、人々は苦労ばかりの毎日であることには変わりはない。私も税所敦子に学び、素直で謙虚な日々を過ごしたいものである。

 さあ、休暇を返上して仕事に行ってくるか!

2017年8月 6日 (日)

涙の槍ヶ岳(登山中止)

 天気図を睨みながら考えている。

 ご縁とは不思議なものだ。「ないものはない」のである。

 予定ならば、ソロで5日の夜から3泊4日の槍ヶ岳に入る計画だった。昨年に引き続き、今年も今回の台風5号の影響で、キャンセルせざるを得ない。特に8日は台風が通過する予報だ。メジャーなコースとはいえ、9日に大事な出張が入っており、延泊することができない。また無理して入ったところで、稜線歩きの際に、低体温症になるリスクもある。

 昨日、バスと山小屋にキャンセルの連絡を入れた。神様、どうして私にこの山に登られせてくださらないのですか。

 今回の山行に向けて、新しい登山用ヘルメットも用意した。山でのんびり過ごすことが目的だったので、連続休暇も申請した。しかしそれもキャンセル。さらに昨日は、今回の台風対策にあたり、上司から出勤命令がでた。「なんで俺なんだよ」と言いたくもある。次回いつ休めるのかは未定だ。本当に残念でくやしい。

 登山と人間関係を重ねるのは大袈裟かもしれないが、「ご縁がないときには、ないの」である。

 山は、私にとって精神安定剤。イライラすることを忘れ、一人になって自分を見つめる大切な時間でもある。「世の中あきらめも大事」と頭では理解しているが、期待していた大事なものを奪われると、やはり悲しい。

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【8月6日19:30追記】

岳沢小屋(穂高に向かう途中の小屋)から登山情報がでた。

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上高地周辺の山は、どこもリスクが高い。

9日に出張さえなければ・・・。

2017年8月 5日 (土)

”リボン”~BUMP OF CHICKEN~

GalaxyのCMで使われている曲。

私もさっそくダウンロードして朝から聞いています。

「嵐の中を ここまできたんだ」

「嵐の中を ここまできたんだ」

「嵐の中を ここまできたんだ」

悲しいことたくさんあるけど、勇気づけられます。

私も昨日までを超えていかなきゃ。

BUMPは、いつもいい曲つくるよね。

早くアルバム発売してほしいな。

BUMPのYouTubeバージョンはこちら。

2017年8月 4日 (金)

部分月食観られるかな

先ほどの記事で、少しまじめに考えすぎてしまった。

気持ちを切り替え、気分転換。

明日の夜から槍ヶ岳に入る。

月食の時間も山の中。

山小屋から観る天文ショー。

Topics021s

ワクワクします。

素敵でしょ!

【8月5日追記】

せっかく休暇をとったのに台風直撃の予報。

残念だけど、今回はキャンセルします。

トホホ・・・(涙)

皆様も、どうかお気をつけください。

2017年8月 3日 (木)

徳澤園にて幕営~上高地第1日目~

 中央線の各駅停車に乗り、現地に向かう。「青春18きっぷ」を使うのは、私の場合、学生時代以来のことだ。日頃、長距離移動の際は、特急があたりまえとなっており、せっかちな自分にとって、時間の過ごし方がわからない。本を読んでいても、そう長くは読めないものだ。そのような中、ありがたくも会長から、車窓から臨む山々についてのご講義を受ける。しかしその場では、ほとんど覚えることができない、

 我が会の会長は、昔ながらの山男である。まじめで実直、性格温厚。もちろん知識と経験も豊富であり、奇人・変人ばかりのメンバー全員から信頼されている。しかし、今年度末をもって勇退することになっている。このことが、今回各駅停車での移動をすることになった理由でもある。夜行ではないものの、各駅停車での移動は、まさに若かりし頃の山を目指す会長の姿だったのだ。

 電車での移動は、とにかく時間がかかる。何度も乗り換えた後、バスに乗り込み上高地に到着した。

 ご存知の通り、徳澤園は井上靖の「氷壁」の舞台となった宿である。いわゆる「ナイロンザイル切断事件」は、日本において消費者運動というものが存在しなかったころ、小さな山岳会が巨大企業と日本山岳会を相手に勝訴した事件のことである。テン場までのほぼ平たんな道すがら、小説の主人公である魚津恭太や、彼が密かに思いを寄せる美那子について、またテレビドラマ化された際の美貌の人妻である八代美奈子(演:鶴田真由)について語り合いながら歩く。そんなことをしているうちに、フル・ザックを背負った私たちは、予定より30分早く到着した。

 受付を済ませ、すぐに設営する。手慣れたメンバーなので、あっという間に完了した。食事の用意を済ませ後は、もちろん夜のお楽しみの準備もぬかりない。ふと周りを見渡してみると、高校生ぐらいだろうか、関東や関西の学生さん達が、男女を問わずあちこちで設営している。彼らは時間になるとすぐに寝てしまう。今夜はあまり大騒ぎしないように気をつけなければならない。彼らはうらやましい。若いころから山登りに興味を持ち、経験することは、今後の人生において素晴らしい糧となることであろう。さらに、我々のように山に関して先を歩く者にとっても、たいへん喜ばしいことでもある。本音を言えば宿に泊まりたいが、今回の会長のための山行でもあり、当然誰一人不満の声を挙げる者はいなかった。

  (つづく)

 一度書き始めると、続けて書きたいのだが、SDカードを貸してしまってしばらく戻ってこない。そこで、スマホの中で保存していた”唯一の写真”をアップします。今日は、ここまで。

Tokuzawaen

 

2017年8月 2日 (水)

台風5号の動きが心配

 仕事帰りに山仲間に写真をSDカードごと渡してしまったため、報告書はもちろん、ブログで皆さんに読んでいただくこともできない。帰宅後、片付けも兼ねながら、週末からの山の準備をする。

 台風5号の動きが心配だ。この様子だと、暖かくて湿った空気が北アルプスを直撃しそうだ。

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 山は大荒れになるだろうな。

2017年8月 1日 (火)

「御仏の大悲」~泣いたアインシュタイン~

 かつて、アインシュタインが日本を訪問された時、仏教について知りたいということで、真宗大谷派の僧侶、近角常観先生と対談されたことがありました。

その対談の中で、アインシュタインが

「仏さまとはどんなお方ですか」

と尋ねられたそうです。

 そこで近角先生は、姥捨て山にまつわる伝説を例にあげて、説明されました。

姥捨て山のことは、皆さんよくご存知のことと思います。

・・・・・・・・・・

 食糧事情の貧しかったその昔、日本のある地域では一定の年齢に達した老人は、口減らしのために山に捨てられるという風習のことです。

そんな悲しい風習の残っていた頃の話です。

 信濃の国の姥捨て山の麓に住む、ある若い農夫が.老いた母親を捨てに行くことになったのです。

たとえ親思いの息子であっても、村の提に背くわけにはいきません。

背けば家族は村におれなくなります。

若い農夫は村の提に従って、母親を龍に乗せ、姥捨て山へと向かっていったのです。

 ところが、その道すがら,背中に負われた母親が、しきりに木の枝を折っては道々に捨て ていくのです。

 これを見た若者は、

「ひょっとして、母親は山奥に捨てられる恐怖心に耐えかねて、この落とした枝をたどって、また家に帰ってくるつもりではないのか」

と疑ったのです。

「気丈な母親でも、やはり最期は自分のことしか考えないのか」

と、少し蔑むような目で見ていました。

どのくらい歩いたでしょうか、とうとう捨て場所と思しきところにやってきました。

息子は母親を背中から降ろし、別れを告げて帰ろうとしました。

 その時、母親は息子の袖を捕まえて言うのです。

「いよいよこれがお前との一生の別れじゃ。
身体に気をつけるんだよ。
ずい分山奥まで入ったから、
お前が家に帰るのに道に迷って困るだろうと思って、
私が来る道すがら、小枝を落として目印をしておいたから、
それを頼りに、無事家に帰るんだよ。そして立派に跡をついでおくれ」

 そう言って、母親は息子に手を合わせるのです。

その母親の姿を見て若者は泣き崩れました。

こちらは母親を捨てているのに、母はこちらをこんなに憂いている。

こんな母をどうして捨てられようか、息子は思わず知らず、草むらに両手を着いて

 「どうかこの籠にお乗り下さい。これから我が家に御伴して、一代の限りお仕えいたします」

と言って、再び母を背負って山を降りたということです。

 日本には古くから次のような古歌が残っています。

「奥山に 枝折る栞(しおり)は
   誰(た)がためぞ
     親を捨てんと いそぐ子のため」


 ここまで話をされた近角先生はアインシュタインに、

この母親の姿こそ、仏さまの姿であります

とおっしやられたのです。

年老いた母親は、このまま捨ておかれたら、その夜のうちに凍え死ぬか狼のえさになるでしょう。

そうでなくても数日中には餓死するでしょう。

 そんな状況にありながらも、母親は自分のことは一切顧みないで、ひたすら我が子が無事家に帰れるかどうかだけを心配しているのです。

母は、今まさに自分を捨てようとしている我が子を見捨てることが出来ないのです。

自分を殺そうとしている者をどこまでも生かそうとするのです。

これが仏さまの心と言うのです。

 涙を湛えてこの話を聞いておられたアインシュタインは、帰国するに臨んで、

「日本人がこのような温かい深い宗教を持っていることはこの上もない幸せなことです。日本に来てこんな素晴らしい教えに出道えたことは私にとって何にも勝るものでした」

と語ったそうです。

     ~浄土真宗本願寺派 光明寺『今月の法話』 より引用・転載~

筋肉痛

今日は仕事なのだが、いつもより早い時間に目が覚めてしまった。

いわゆる「山時間」である。

夕べは、帰宅と同時に風呂に入り、エアコンの効いた部屋でビールを飲んだ。

さすがに座りこんでしまうと、立つのがおっくうになる。それは強烈な筋肉痛のためでもある。

階段を上り下りする足は、生まれたての子馬のようだ。

奇声を発しながら上る姿は、知らない人が見たら「何事か」と思うであろう。

久しぶりに登山靴を履いたせいか、左足の裏はマメだらけになった。

しかし気分が良い。

なぜなら一晩熟成せず、筋肉痛が翌日に出たからである。

「まだまだ若い」と足が勝手に自己主張しているのだ。

さて、今週末はソロで槍ヶ岳に入る。

小屋泊とはいえ一日で頂上を目指すルートだが、台風の進路が心配だ。

さて、今日は何事もなかったような顔をして出勤しなければならない。

それでもおそらく、歩く姿で山に行ったことがバレてしまうだろう。

さあ、今日も一日頑張ろう!

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