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2020年5月24日 (日)

思い出登山【大門沢下降点】~令和元年8月~

山に登ると、慰霊碑を数多く見かける。

ここの慰霊碑は、登山者への道標も兼ねている。

確かに、このあたりは迷いやすいルートだ。

ハイマツ帯の限界であり、下りとなるとどこから入ってよいのかわかりずらい。

悪天候であれば、なおさらである。

136

 木村将也 25才

  昭和43年1月4日
  吹雪のため下降点を
  確認し得ず此の地に
  ビバークしこれより下方
  縦走路にて力つき永眠す

    父 木村長三
    母 木村かつ
  千葉県銚子市
   銀嶺山岳会

 昭和43年7月28日建立

山で慰霊碑を見るたびに、いつもこの言葉を思い出す。

親を亡くした子供を孤児という。
 伴侶を亡くした人を、寡夫、あるいは寡婦という。
 子供を亡くした親を呼ぶ言葉はない。 なぜだろう

 「その痛みは言葉に尽くせないからだ。」

  ~<9・11>テロの追悼式典での
          ニューヨーク市長の言葉~

これは、英語でも日本語でも同じだ。

139 

死してなお
 しるべになれよと 祈る父母

鎮魂の鐘と、黙とうをささげた。

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登山」カテゴリの記事

コメント

山へは登らない私ですが、その思いは共感できます。
逆縁・・・つらいですね。

グッピーちゃん、コメントありがとうございます。
そうですよね。
物事には順番がありますよね。
このような碑を見るたびに、胸が詰まります。

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