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書籍・雑誌

2023年2月23日 (木)

漫画『宇宙戦艦ヤマト』読了

漫画家の松本零士さんが亡くなった。

多くの人は、代表作である『銀河鉄道999』を挙げるが、

私の場合は『宇宙戦艦ヤマト』だ。

松本零士さんの訃報を聞き、さっそく漫画版をダウンロードする。

思い起こせば小学生のころ、仲のよかった友達から漫画を勧められ読んだのがきっかけだ。

普段漫画を読む習慣のなかった私が夢中になり、それからまもなくして始まったテレビ放送を毎週欠かさず見ていた。

あれから映画化やリメイク版も多数制作されたが、やはりテレビにかじりついていた頃の作品が思い出深い。

ネットで比べてみると、レーダー要員の森雪の顔がずいぶんと変化していた。やはり原作の森雪の顔が私は好きだ。

小学生のころ、戦艦と言えば帝国海軍の「大和」が憧れであった。

プラモデルも何回も作ったものだ。

戦艦大和は、敗戦色濃い日本を守るために出撃し、宇宙戦艦ヤマトは、滅亡近い地球を救うために遠いイスカンダルまで発進する。

当時の小学生ならば、ほぼ全員ワクワクしたはずだ。

本屋さんに行かなくても漫画をダウンロードできる現在、こんどは『銀河鉄道999』を読んでみようと思う。

2020年4月22日 (水)

内田樹のグラン論~カミュ『ペスト』より~

 カミュの代表的著書『ペスト』は、新型コロナウィルスの蔓延により、全世界で再注目されている。

もともとは、フランスでのドイツへの抵抗運動を隠喩とした小説であり、カミュはこの作品で1957年にノーベル文学賞を受賞している。

 内田は自身のブログ(『内田樹の研究室』2020-4-22)の中で、この小説に登場する小役人のジョセフ・グランの生き方について注目し、グランについて「カミュにとっての理想的な市民としての『紳士』だったんだろう」と述べている。

 小説『ペスト』の中でグランの役柄は、昼間は役所で働き、夜は趣味で小説を書くような素朴な生活を送っていた。しかし、街にペストが流行するやいなや、医師のリウーが「保健隊」を結成すると知り、その「保健隊」に真っ先に志願し、やがてその流行が収まると、何事もなかったかのように元の生活に戻っていくという人物だ。内田は同記事の中で、そのグランについて、

「紳士」にヒロイズムは要りません。過剰に意気込んだり、使命感に緊張したりすると、気長に戦い続けることができませんから。日常生活を穏やかに過ごしながらでなければ、持続した戦いを続けることはできない

と述べ、さらに彼の生き方そのものが、カミュにとっての理想的な市民としての「紳士」だったのだろうと評価している。

・・・・・・・・

グランの生き方を、理想的な「紳士」とする。

私は「紳士」でありたいと思う。

「紳士」は決してヒロイズムを求めない。

それでよいのだ。

2020年2月16日 (日)

新田たつお『静かなるドン』

小学生あるある。
「授業中に暴徒が侵入し、それをやっつけて学校のヒーローになる。」
今となっては実に下らない妄想だが、私に限らず、多くのご同輩の方々も小学生の頃に抱いたはずだ。

とはいえ、この妄想は、男ならば何歳になっても心のどこかにあるはずだ。この潜在意識を開花させていくれる漫画がこの「静かなるドン」である。

昼間は下着メーカーで働く「ぼんくらデザイナー」である。その姿は愛嬌もあり、多くの同僚たちにも愛されている。
しかし、夜になると、その筋の人たちも恐れおののく「ヤクザの総長」に変身する。
もちろん、多くの美女とのロマンスもあるが、実は一人の女性を愛し続けている。
私を含めた、多くの「気の弱い平凡なサラリーマン」が憧れる姿だ。

108巻全てをそろえると、お金も場所も必要となる。私の場合、基本的に任侠映画や漫画は読まないのだが、この漫画はちがう。3682_xl というわけで、タブレットを使ってレンタルで読み続けている。一方、それにともなう課金が止まらない。現在、48巻504話まですすんだ。この後、どのくらいの時間とお金がかかるだろうか。

日本を下支えするサラリーマンの皆さん、この漫画を読んでお互い元気を出しましょう!

2018年11月16日 (金)

矢部太郎『大家さんと僕』

久しぶりに漫画を購入。

今話題の矢部太郎著の『大家さんと僕』

失われつつある、古き良き時代の日本。

ガサツな人たちに潰されそうになり、疲れた時こそ読んでほしい。

素敵な一冊です。

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2017年12月 2日 (土)

漫画『君たちはどう生きるか』

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コペル君、
いま君は大きな苦しみを感じている。
なぜそれほど苦しまなければならないのか。
それはね、コペル君、
君が正しい道に向かおうとしているからなんだ。

・・・・・・・・・・・

日曜日のワイドショーで紹介された本。

ネットで検索すると、すぐにヒットする。

すぐさま漫画版をダウンロードした。

釈迦は、「苦しみからは逃れられない」と説いた。

家康公は、「人の一生は重荷を背負って遠き道を行くがごとし」と説いた。

人は、生きている限り苦しみと向き合い続けなければならない。

苦しみは、

「君が正しい道に向かおうとしているからなんだ。」

この言葉に衝撃を受けた。

おすすめの一冊です。

2017年11月 3日 (金)

電子図書もいいかもね

 「本は紙に書かれているのが当たり前」

と頑固に信じていた私が電子図書に初挑戦。

 初ダウンロードは石塚真一さんの「岳」。映画は何度も見ているが、漫画で読むのは初めてだ。

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 電子図書は、本とは違って薄暗い部屋でも寝っ転がっても読める。なんで今まで利用していなかったのだろうと、ちょっと後悔。

 問題点としては、続きが読みたくてついつい課金してしまうことだ。

 現在のシステムでは、読み終わった後に、他の人に差し上げたりすることはできない。一方、自分の本棚に場所を確保しないで済むのがメリットだ。今後は山にも持っていき、テントや山小屋で過ごす夜にも使えそうだ。

 あまりに便利すぎて、ズブズブとハマっていきそうで怖い。もちろん請求書もね(笑)

2016年12月19日 (月)

「精神のない専門人、心情のない享楽人」~マックス・ウェーバー~

精神のない専門人、

心情のない享楽人。

この無の者は、人間性のかつて達したことのない段階まで

すでに登りつめた、とうぬぼれるだろう・・・と。

 ~マックス・ウェーバー『プロテスタンティズムの論理と資本主義の精神』~

・・・・・・・・・・

19世紀の終わりからウェーバーが唱えていたこと。

今の世も決して変わっていない。

末人にならないために、私たちはどのように行動しなければならないのだろうか。

2014年12月22日 (月)

「あなたは真面目だから」~漱石『こころ』~

私はあなたの意見を軽蔑までしなかったけれども、
決して尊敬を払い得る程度にはなれなかった。
あなたの考えには何等の背景もなかったし、
あなたは自分の過去を有(も)つには余りに若過ぎたからです。

その極あなたは私の過去を絵巻物のように、
あなたの前に展開してくれと逼(せま)った。
私はその時心のうちで、始めて貴方を尊敬した。

あなたが無遠慮に私の腹の中から、
或生きたものを捕まえようという決心を見せたからです。
私の心臓を立ち割って、
温かく流れる血潮を啜(すす)ろうとしたからです。

私は何千万といる日本人のうちで、
ただ貴方だけに、
私の過去を物語りたいのです。
あなたは真面目だから。
あなたは真面目に人生そのものから生きた教訓を得たいと云ったから。

私は暗い人世(じんせい)の影を遠慮なくあなたの頭の上に投げかけて上(あげ)ます。
然し恐れては不可(いけ)ません。
暗いものを凝(じっ)と見詰めて、
その中から貴方の参考になるものを御攫(おつか)みなさい。

  ~下・二~

2014年12月20日 (土)

「あなたは腹の底から真面目ですか」~漱石『こころ』~

あなたは本当に真面目なんですか

私は過去の因果で、人を疑りつけている
だから実はあなたも疑(うたぐ)っている。

然しどうもあたただけは疑りたくない。
あなたは疑るには余りに単純すぎる様だ。

私は死ぬ前にたった一人で好いから、
他(ひと)を信用して死にたいと思っている。
あなたはそのたった一人になれますか。なってくれますか。
あなたは腹の底から真面目ですか
  ~上・三十一~

私は精神的に癇性なんです。
それで始終苦しいんです。

  ~上・三十二~

私は私自身さえ信用していないのです。
つまり自分で自分が信用出来ないから、人も信用できないようになっているのです。
自分を呪うより外に仕方がないのです。

私は未来の侮辱をうけないために、
今の尊敬を斥(しり)ぞけたいと思うのです。
私は今より一層淋しい未来の私を我慢する代りに、
淋しい今の私を我慢したいのです。

自由と独立と己れとに充ちた現代に生まれた我々は、
その犠牲として
みんなこの淋しみを味わわなくてはならないでしょう。

  ~上・十四~

「自由と独立と己れとに充ちた現代」
漱石文学の一貫した主題。
こうした傾向が、個人の人格や自立の基盤であるとともに、孤独や独善の源泉でもあることを指摘している。(新潮文庫版解説より)

2014年12月16日 (火)

「こころ」の『先生』のイメージは。

つまり私は極めて高尚な愛の理論家だったのです。

 同時に尤(もっと)も迂遠(うえん)な愛の実践家だったのです。

  ~夏目漱石『こころ』~

 今まで「先生」は、しょぼくれたオジさんというイメージだった。

 しかし若い「私」に対してこのような言葉をサラッと話せるというのは、知的でダンディー、そしてとてもシャイな男性だったのではないだろうかと想像する。